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トレーディング、Arts&Logic by 田中 雅

第II部:システム取引現代史概観

第1章:ボラティリティー・ブレークアウト

2009/09/24

最新の取引手法

現代のマーケットにおける最新の取引手法を代表するものは何だろうか?
コンピュータを駆使してその指示どおりに機械的に自動的に相場を取引するシステム取引がまず挙げられる。1980年代から盛んになったこの取引手法の歴史を概観する。

システマティックな取引手法

ボラティリティー・ブレークアウト

システム取引が使用されだした1980年後半当時に、実際に使用されていたシステム取引手法の中でもっとも数多く採用されていたものは何だろうか?米国の取引ソフト開発者兼評論家の一人スチーブ・ノチス(Steve Notis)は、『ザ・バイト・リサーチ・アプデート』1990年第1巻第2号に次のように書いている。

「私(ノチス)は長年にわたって、テクニカル・アナリシス・オブ・ストックス・アンド・コモディティーズ(株式と商品先物のテクニカル分析)と、フューチャーズ・マガジン(先物マガジン)という業界誌のために、先物取引ソフトの評論を書く仕事に携ってきた。
この仕事のおかげで、私は商業化されているほとんどの主要なソフトをテストする機会に恵まれた。案の定、最高の成績を挙げている高額な取引ソフトのほとんどは、同じ計算方式を使って作られていることを知った。その数式が計算するものは、ボラティリティーに基礎をおく抜け幅、すなわちボラティリティー・ブレークアウトの幅である」

TASC誌の表紙タイトル
(画像:TASC誌の表紙タイトルより)

このテクニカル・アナリシス・オブ・ストックス・アンド・コモディティーズは、当時テクニカル分析とシステム取引の世界最高の情報交換の場とされていた。そのバックアップは現在でもインターネットを通じて購入することが出来る。

ラリー・ウイリアムズ(Larry Williams)

ボラティリティー・ブレークアウトというコンセプトを、だれが考え出したのかというと、恐らく米国のラリー・ウイリアムズ(Larry Williams)であろう。なぜなら本人がそのように言っているからである。
仮にオリジナルの考えはウイリアムズ以外の考案であったにせよ、ウイリアムズの啓蒙活動によってこの手法が米国の市場関係者に浸透していったことは、間違いのない事実である。
彼は優れた理論家であったのみならず、この手法の有効性を実際取引で証明した。

ワールドカップ先物取引チャンピオンシップ

筆者受賞の二つのトロフィー
(画像:筆者受賞の二つのトロフィー)

ウイリアムズはこの手法と現在「オプチマルF」(※ 参照)と呼ばれている数学的なリスク管理の手法とを組み合わせて、1987年度ワールドカップ先物取引チャンピオンシップにおいて、1万ドルの資金を1年間で百万ドル以上にするという記録的成績をおさめて優勝したことで知られている。
この記録はいまでも破られていない。(ちなみに筆者は1993年に、日本人として初めて同競技会の受賞者となった。)

※ オプチマルF
米国の取引システム・プログラマーであるラルフ・ビンスが考案したリスク管理手法。レバリッジを最大限に取って収益を最大にしたい場合、どこまでリスクを取るのがもっとも最適と言えるかという問いに、独自の具体的統計的計算式で答えた。その関数の名前が(f)と呼ばれたことから、この手法は「最適F」すなわち「オプチマルF」と名づけられた。非常に難解な数式を使用している。

1988年にウイリアムズの本が出てからは、ボラティリティー・ブレークアウトの手法は広範に知られることになり、基本的ノウハウは現在パブリック・ドメイン(共有知識)と化している。
90年代前半には、あまりにも広範に使用された結果、特にシステム取引の盛んな米国市場はこの影響で変化し、儲けにくくなったと言われた。

システム・トレイダーの娘も

Larry Williams
(画像:Larry Williams/
画像提供:パンローリング社)

猪突猛進型システム・トレイダーとして名を馳せたウイリアムズは、大変意欲的な人で、優勝記念10周年のプロジェクトとして16歳の娘にシステム取引を教え、97年度のチャンピオンシップに参加させた。
すでに売れっ子の女優をやっていた娘ミシェルは、先物取引は未経験だったが自分の小遣い1万ドルで参加し、1年後10万94ドルの収益を達成して優勝した。

この話はリチャード・デニスのタートル伝説を髣髴とさせる。ウイリアムズは20周年となる2007年にも何かをやるに違いないと言われていた。

ウイリアムズの手法

ウイリアムズの提唱した取引システムの中で、最も単純なものは次のようなルールで出来ていた。

昨日の引け値の1.722%を「抜け幅」とする。
昨日の引け値から抜け幅以上に今日抜けたら、あらかじめ注文してあった逆指値注文で買い上げる。昨日の引け値より抜け幅以下にげたら、逆指値で売り下がる。

1982年から1987年までのシミュレーションにおいて、この手法でS&P500米国株式指数先物を取引したら、74%の勝率で4万ドル以上の模擬利益を生んだとされている。

ただし、提示されたパーセント数値は株式先物指数にのみ有効である。
この手法が今でも収益をあげるかどうかの是非はともかく、当時としては非常に際立った特色に着目していただきたい。

順張り

まず目立つことは、極度に単純なロジックであり、そのロジック自体は古来より知られている順張りである。すなわち、高値の抜け幅を買い、安値の抜け幅を売る。
この考え方は、わが国においてもカギ足、連行足などの古典的罫線の基礎になっており、また、日本の古典的罫線法が色々工夫を凝らされている点では優れているとさえ言える。日本の古典的罫線については、それが市場の特別な未開拓分野では、今でも素晴らしく有効な手法であると言う検証実例を後に提示する。

ウイリアムズの手法が当時全く斬新であったのは、「1.72%」の抜け幅の具体性と実証性にある。この数値は、コンピュータを駆使して、統計的に調査したところに特殊性があった。

東西文化の相違

現代的取引手法の曙が、始まったといえる。
その根本精神は、現実主義、実証主義、効率主義、即物主義、計量主義、機械主義などである。これらは明らかに米国の文化そのものであったと言えるであろう。
ちなみに日本では精神主義こそが不確実環境における根本行動原理であると思われ、日本の相場師列伝などの本を読むと、相場に対する東西文化の違いをうかがい知ることができる。

ボラティリティーの概念

さて、先ほど述べた手法には、ボラティリティーと言う概念は含まれていない。
昨日の引け値から1.72%に満たない市場の変動率は無視せよ、それ以上の動きには順張りでついて行けということであるから、価格に比例した準固定転換幅の取引手法といえる。

ウイリアムズが提案した本来のボラティリティー・ブレークアウトは、実は次のようなものであった。

まず、毎日のレンジ(高値マイナス安値)を計算する。次に、過去5日間のレンジの平均値を取り、「ボラティリティー」と名付ける。

このボラティリティーの85%を「抜け幅」とする。
今日の「ストップ買い値」は、昨日の引け値プラス抜け幅である。今日の「ストップ売り値」は、昨日の引け値マイナス抜け幅である。

この抜け幅は、やはり過去のデータの統計的調査で発見する仕組みになっている。
これを仮に「レンジ平均パーセント法」と呼ぶことにする。

値動きの縦の広がり

この手法の際立った点は、抜け幅が直近過去のレンジを反映した関数となっている点である。過去5日間のレンジ平均をボラティリティーとし、今日の抜け幅はそれに単純比例した関数である。
要するにボラティリティーとは過去の値動きの縦の広がりを何らかの方法で計測し評価したものに他ならない。

システマティックな取引手法では、当然のことながら、このボラティリティーをどのように計算するかということが、成功を左右する一つのカギとなった。

システム取引の進化

システム取引の第一世代

ウイリアムズが考案したレンジ平均パーセント法は、ボラティリティーと同じくらい重要な概念である「トレンド」を十分に考慮したものではないので、これを改善すべきだという考えが出てきた。
レンジ平均パーセント法は、1日当たりの相場の縦揺れ具合(ボラティリティー)を計測はしているが、相場の決定的要因であるトレンドの強さをほとんど無視している。

ここでボラティリティー計算法を次のように変えてみるとどうなるだろうか。
過去5日の毎日のレンジ平均ではなく、5日間の全レンジ(5日間最高値マイナス最安値)をボラティリティーとし、そのX%を抜け幅とする。
このように計測すると、仮にトレンドが発生している場合には、自動的に抜け幅は広くなる。横ばい相場では抜け幅は小さくなる。

この方式であれば、トレンドの途中では相場転換の抜け幅が非常に広がっているために、反対方向にポジション(=建玉)を取る確率が小さくなり、中期から長期のトレンドについていきやすいのである。
この手法は「全レンジ・パーセント法」と呼ぶことができるだろう。
トレンド傾向が強い市場では、このようなモデルが有効なのではないかと誰しも想像するはずである。

このようにして米国の先物CTA達を中心に、市場データの統計的数値計算に根拠を置くエントリー、利食い、損切り及び有用な制約条件(フィルター)のありとあらゆる変化形のシステマティックな検証が進められていった。これがシステム取引の第一世代である。

これらは、PCが使われる以前から知られていた古典的な取引手法を、PCを使って徹底的に検証したものも多かった。ありとあらゆる既知の取引手法が追証された結果、市場の数値分析に基づいた有用な取引ノウハウが多数蓄積され、米国の市場文化の礎となった。

システム取引の第二世代

システム取引が盛んになるにつれ、シミュレーションの根本的問題がカーブフィッティングであることが意識されるようになった。そこでシミュレーション手法そのものの根本的見直しが始まり、革新的なシミュレーション手法が編み出された。

ウォーク・フォワード方式と言われ、過去だけをシミュレーションするのではなく、過去を未来に適用したときにどのような結果となるかをシミュレーションするようになった。これが第二世代のシステム構築法である。

1990年台の後半には米国ではこの方式が少なくともプロの間では定着したが、約10年遅れを取る日本では、現在この第二世代の進化過程を徐々に経験しつつあると言える。

第二世代のシステム構築は、いずれにしても従来からある人間の古典的知恵をコピーしたものであり、ただ理論検証の圧倒的なスピードと効率と、そして統計的結論に対する自信を得ただけのものとも言える。人間の知恵を根本的に凌駕したものではなかった。

システム取引の第三世代

ところが、1990年代後半から2000年以降、この人間の知恵を凌駕するような全く新式の研究方法が台頭してきた。人間の頭脳だけでは絶対に見つけることが出来ないようなアイデアやパラメータを探索する人工知能の出現である。これらはPCが発明される以前には全く想像することすらできなかった新時代の探索技術である。遺伝子アルゴリズムやニューラルネットを市場取引の手法に適用する研究が成果を見せ始めたのである。

これが第三世代のシステム取引である。これらの研究は先物CTAの手に余るものだったようで、大学の金融工学部門が研究主体として目立ってくるようになる。

ジェネティック・アルゴリズムを使用して、任意に与えられた点を結ぶ最短距離を探す問いを解いているところ。筆者所有の1990年台のプログラム。(画像:ジェネティック・アルゴリズムを使用して、任意に与えられた点を結ぶ最短距離を探す問いを解いているところ。筆者所有の1990年台のプログラム。)

システム取引の第四世代と未来

高度な統計学を応用したデータ・マイニング手法や、同じく高度な数学を駆使した特異な取引手法やリスク解除の数学的処理の新アイデア等が現実に応用されるようになった。市場価格変動の中に潜む未知の収益パターンだけではなく、収益機会さえあれば何であろうと探し出し、数式化しモデル化しようとするアイデアのスーパー探索の仕組み:これが第四世代である。

そうなると第五世代の出現はもはや時間の問題としか言えないだろう。斬新な取引手法を自ら開発し実行し改良していく全自動市場取引ロボットの誕生である。

第II部:システム取引現代史概観 第1章:ボラティリティー・ブレークアウト 田中 雅 2009/09/24


第II部:システム取引現代史概観

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